カテゴリ:病気のこと(小脳出血)( 56 )

もしかして、チェルノブイリの影響?

f0131628_0564014.jpg昨日、ツイッターで25〜27歳の人がどんどん死んでいく、これはチェルノブイリのせい、という記事を読んで、ふと思いました。
もしかして、私もそうだったの?
そんなこと、今まで考えたこともありませんでした。
父も祖父も血圧が高かったから、ずっと遺伝性のことと思っていました。ただ父は62歳、祖父はもっとあとで発病、なのに私は46歳、あまりに早くない?、少しずつ早くなる?とは思っていました。
まあ、バリ島のブラックマジックのせいじゃないかという疑いが濃厚な線でしたけれど。
それが、まさかまさか放射能のせいだなんて、昨日まで一度たりとも考えたことがない。なんでも放射能のせいにしたくないし。それは今でもそう思ってます。

チェルノブイリは1986年。
私は2006年に突然、いきなり倒れた。
てことは、ちょうど20年じゃないですか!!
1960年代までに核実験多発。その頃生まれた人は…という表記もあり、私1958年生まれ。真っ最中じゃない!

確かに脳血管障害が多いといっていました。
今となっては、因果関係もわからない。
何が原因、ということが判明できないことが、当事者にしてみると、都合がいいのですものね。
まさかまさか、自分が過去の事故に関係していると思ったことはありませんでした。

あの時、生かされたことにはなんらかの意味があるはず。
事実、医者らに限りなく言われましたよ。死んでいてもおかしくかった、寝たきり、半身麻痺、社会復帰なんてとても考えられない状況、と。
私に何ができるんだろう。今、出来ることをやり抜くしかない。今でも十分汚染されてしまった大地を、これ以上ひどくさせないために何が出来るか、いつもいつも考えています。
[PR]
by umiusagin | 2011-09-17 00:00 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(0)

足痛で思い出したこと

f0131628_1505351.jpg今日も治療に行きました。
もう左足は痛くないのですが、今日上京するつもりで、打ち合わせを2件入れていたので、ついでに。
「それにしても、なんでそこが悪くなりやすいんだろうね」と治療師さん。その時は、座り方が悪いのかな、と思っていました。
帰り道、ふと思い出したのです。そういえば、友人の家で派手に転んだことがあったことを。でも20年も前のことだし。

ベランダのデッキに一枚はずれた板があり、友人は木工家でありながら、修理することなく、ただ被せただけで見た目をよくしたそうです。
「まさか、その一枚にはまると思わなかった」と言ってましたが。
(なんだか原発事故隠しみたい。あ、PTSD?)
あまりの痛さで、歩くことも出来ず、横になっていました。翌日温泉に出かけたら、左足の腰骨が青く腫れ上がっていて、歩行困難に。
自宅に戻っても治らず、鍼に通ったりして、随分長くかかりました。

果たして、そんな前のことが影響するでしょうか。
しかし、時折、右手の甲が腫れて傷むのは、まぎれもなく小学4年だか5年に跳び箱から転がり落ちた時に打ったものです。当時の怪しい整骨院にずっと通い、骨が変形。わずかで本人しかわからない程度ですが。
跳び箱は8段で、その頃スポーツ少女だった私は、跳び箱が大好きでした。けれど、それ以来、跳べなくなったのです。手をつくと甲が痛むんだもの。段々スポーツからも遠ざかり、高校生になってからは全然。
あの時、落ちていなければ、手首を捻挫しなければ、道が変わってたかもしれない、なんて「あの時論」はよくある話ですね。

長い人生、沢山のことがあるでしょう。怪我だって一度や二度じゃないはずです。なのに一生を左右されることもある?なんだか腑に落ちませんねえ。でも、そうなのかなあ。
気をつけて生きる、といっても、ずっと家の中でおとなしくしてるわけにはいきません。そういう生き方は面白くない。でも、これまでより、ちょっと用心深くしていた方がいいですね。
[PR]
by umiusagin | 2011-08-18 10:30 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(0)

華麗なる加齢?!えっオヤジギャグ?

左足のつけ根が痛いなあ〜と思ってたら、みるみる間にひどいことに。痛くて何度も目覚め、ちゃんと歩けなくなって、座るのも大変。階段乗降が異常につらい。
小脳出血当時も左足が細かったので、病気の後遺症?との疑いもありで。

5月にも同じところが痛み、その時はもう杖をついても、痛くて足が動かせない、曲げられない。パンツ履けない、ソックスは履かせてもらい、トイレでも痛くて座るのが大変。
あまりに酷くて、治療院で会った患者さんらに「手を貸しましょうか?」「大変ですね」「スライドするのがつらそう」と同情されたもんです。
治療師さんは「股関節が変になっちゃったんだね。大丈夫、直しておくから」とのこと。
その時の酷さを考えると、明日そうなる、今日はまだそこまで酷くない。それに明日からお盆休みだったから、休み明けまでは到底待てない。今日行くっきゃない!

「また同じになっちゃって」というと、
治療師さんは「足が痛くなるようなクセがあるんだね」と。
「車の中で足曲げて、出来た空間にイヌを入れてたのが良くなかったみたい。でも今までだって、同じポーズししてても何でもなかったよ」
「顔の筋肉、落ちてくるでしょ?おっぱいやお尻だって垂れちゃうじゃない?持ち上げる力がないんだよ。それが老化。足の靭帯だって硬くなっていくんだよ。いつまでも同じわけないじゃない」
ふ〜〜〜ん。。。
「じゃ、病気と関係ない?」
「ないない、年のせい」

f0131628_0383590.jpg昨夜、絵を描いていた時に、はっとしました。
その痛い左足を曲げて、右足の下に入れるのが、昔からのクセなのです。
こんな恰好をしてると、年取ったら病気になるよ、と自分で思ってたのです。誰かにいわれたわけじゃぁありません。というか人前で、そんな恰好しませんよ。でもこれが落ち着くし、20代の頃からのクセなのです。無意識に、そのポーズをしてるんです。
しかし、今まで通りにいかなくなった。それを加齢というんだなあ。やだなあ。

東京の治療院まで車で連れて行ってくれたアメフラ氏は「直さないと、またなるよ」といいますが、それは寝ている時のクセを直せ、といわれてるのと同じ。そんな簡単に直せませんよ。
けれど、寝ている時よりはマシなので、気づいたら辞めるようにしています。今さっきも。
「年取ると、あちこちガタが来る」といわれても、肩凝りや眼精疲労、消化不良、冷え、便秘などなかったのですが(皮膚疾患は多いけど、これは子どもの頃から)、こういうことだったんですね。あ〜ぁ〜…。
[PR]
by umiusagin | 2011-08-12 00:00 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(0)

イヌ脱走

f0131628_1141625.jpg朝、イヌが柵の外に出ていて、また脱走。明け方にでも雷がなったかと中に入れると、前足がドロドロ。
柵の辺りを見ると、脱走しないように置いた椅子の下に穴を掘り、更に出にくいように上にのせていた板もずらし。つまり何重にも防護していたのに、想定外のことが起こり…なのでした。
そんなにまでして出ても、何処にも行く所なんかない、ただ右から左に行っただけじゃない…夢中で掘っただろう穴を見つめながら、ふと自分も同じだったことを思い出しました。

あれは2005年11月、手術から目覚め、とにかく此処(病室)を出よう、出なくちゃ、と思う気持ちは強くなる一方。でも手術後でカテーテルはついてるし、後遺症でアタマは持ち上げられない(介護度3以上)。
朦朧としたアタマの中でシュミレーションしてみます。幾度も。
まず病院の中を走る。外に出る。それから?タクシーに乗る。パジャマで明らかに脱走した人を乗せてくれる?とにかく家まで乗せてもらう。支払うのに財布がない。待っててもらい、家の中から取ってくる。室内へ。それから?わかんない、自分の家でゆっくり考えてみる。もしかしたら良くなるかも。
よし、やるっきゃない。
柵のあるベッドから飛び降りたところで力尽き、看護士さんに見つかり大目玉。
以後、寝る時はガッチリ動けないプロテクターを装着されることに。いくら後頭部の傷が痛いと訴えても、二度と逃げないと訴えても聞き入れられず、寝返りを打つのさえ大変で、痛い思いをしました。つらかったなあ。ホントにあんなにつらい思いをしたのは、長い人生の中、初めてでした。

今、思えば、とても自力でなんとか出来る状況ではありませんでした。
なんで脱走しようと思ったのかすらわからない。思考能力が正常だったとは思えませんね。
動物的本能なのかな。
危険が迫っているなら、とにかく此処から出よう。それしか考えられない。その後のことはまた後で考えよう…そんな思考の流れなのでしょうか。
[PR]
by umiusagin | 2011-08-07 11:35 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(0)

半年ぶりの血液検査

f0131628_853710.jpg半年ぶりの血液検査でした。
何度やっても慣れないもんです。
注射針が刺さるときも抜くときも痛いし、自分のカラダから血が抜かれていくのを見るのは、妙な気分。

結果は悪玉コレステロールも善玉コレステロールも、赤血球も白血球も、その他すべて異常なし。
「中性脂肪が若干高いけど、昨夜食べたものが関係してるから問題ないです」
といわれたけど、昨日に限って夕ごはん抜いちゃったのに。。。
ほら、エアコンのことでヤマダ電機にいったりしてたから、なんとなく。疲れちゃったし。
夜、いつもは250mlのビール1缶で寝てしまうのに(時には残すことも)、その日に限って眠れず。ただの検診なら眠れるのに、血液検査でそんなに覚醒しちゃう?
で、血液検査に出る出ると思いつつ、緊張をほぐすためお酒。飲んでも飲んでも酔わないし、覚醒する一方。困ったもんでした。
食べてないのに、そのせいといわれてもねえ。やっぱビールか?焼酎か?…ぼそ。
今日食べたものは血液に出ないのかなあ、仕組みがわかんないなあ。

数日前のお祭りの日、暗い中、イヌを抱っこしながら人混みをかき分け、道いっぱいに広がるお囃子の屋台をすり抜け、御神輿を担ぐアメフラ氏を探したのですが、目眩もふらつきもなく歩けました。自分でもびっくり。
あ、「暗い」と「人混み」は今でも苦手なの。(最近でも池袋サンシャインの人混みは苦手。音楽がガンガンかかってるのも関係あるかも)
しかし、なんでそんな危ないことをしたのか?ですよね。
いえ、家を出たときは明るかったし、人混みに入らなくてもすぐ見つけられると思ったから、そんな冒険をするつもりはなかったのですよ。
暑いときは血管が広がるから調子いいのです。うんと暑いとまたダメなんだけどね。
[PR]
by umiusagin | 2011-07-27 23:00 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(0)

また倒れちゃうかも?

f0131628_23533415.jpg昨日、一ヶ月の検診で病院へ行きました。
血圧手帳を見せながら、「170(上)というのは、雨戸を開けたら高くなっちゃって。いつもはその前に測るのですが」と私。
「動脈硬化だと、ちょっと動くと高くなるんですよね。コドモなんて走り回っても血圧は変わりませんよ。
だからって、じっとしているわけにもいかないんだから、普通に生活するしかないですね」と医師。
そうね、それほど不自由じゃないのだから、何もしないわけにはいかないもの。
「進むと、どうなるんですか?」
「動脈硬化は、血管が硬くなるけれど、強くなるわけじゃなく、むしろモロくなっていきます。
破ければ脳出血、血管が硬くなって壁がはがれれば脳梗塞。そうならないために降圧剤を飲んでいるわけですから」
そっか。まだまだ倒れる可能性は高くて、安心していられないんですよね。わかっているんだけど、日頃は意識しないようにして過ごしています。そうじゃないと生きていけないもの。
誰だって、明日はわからない。それが少しわかっているだけのこと。でも…。

今日、同い年のイラストレーター、沢田としきさんの訃報、友人を介してですが何度かお目に掛かったことがあり、ショックでした。
(その友人も既に他界。私より2歳上なだけなのに)
ブログを見ると、発症してからちょうど1年。速いです。

生きるってなんでしょう。
なんのために生き、何か残せる?
そもそも残すことに意味がある?
楽しく、笑い、後悔のないように過ごす、後悔って?
もう、これ以上、人に迷惑だけは掛けたくない。
ちょっと、落ち込んでしまいました。
[PR]
by umiusagin | 2010-04-29 23:47 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(2)

鉄塔は立たないことになりました

3/6に書いた「鉄塔」のことですが、なんとか立たないことになりました。ほ〜っ。
f0131628_2117421.jpg
この話を教えてくれたのは、唯一の隣の家の方。
随分、手を尽くされたようで大変だったそうです。
眠れない夜を過ごされたり、脅されたり。
人の気持ちのありがたさをしみじみ感じた一件でした。

うちだけになっても、反対運動をする意気でしたが、何もせずに済みました。
また具合が悪くなっても、と心配していたので助かりました。

励まし、応援してくださったみなさま、ありがとうございました。
今回は一件落着ですが、次は何を考えるか目を離さないようにしないと。
[PR]
by umiusagin | 2010-04-09 00:00 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(2)

鉄塔

真ん前が海の方とお話ししていて、
「前に2件建ったので、ロフトからでないと海が見えなくなった」と聞き、えーっ、そりゃ、ひどいね〜うちは家が建っても見えなくなることはないって、不動産屋さんがいってたよね〜
f0131628_11513255.jpg

なんて話していた1時間後、目の前に20mの鉄塔が建つ計画がある、と聞いて、大ショック!!!!
鉄塔が立つかも知れないのは、上の写真の電柱の辺り。

確かに、うちの真横に携帯電話の鉄塔が建っていて、それがあるから引っ越すべきか否か、随分悩みました。
電磁波・マイクロ波の影響も調べたし、ナチュラル志向の建築家の友人にも相談していました。

越して1年も経たないうちに、いきなり私が倒れたのも、鉄塔の電磁波・マイクロ波のせいも含まれているはず、と疑っているのです。
ここまで回復するのに、4年もかかっているのですから。
それなのに、もう1本立つ?
信じられない。。。

たった10坪に、1ヶ月¥10万支払われるというのだから、かなり容量が大きいのではないでしょうか?
1ヶ月の家賃分に相当します。いや、1坪¥1万だから家賃より高いでしょう。
年間¥120万、10年で¥1200万、30年で¥3600万!
それって高過ぎではありませんか?
「らでぃっしゅぼーや」のスタッフの人とも話しました。
もう少し、具体的に調べないと。

何もない田舎には、鉄塔かソーラータワー。
都会から遠くて、駅から遠くて、店がないから買い物が不便でも、電灯がなくて暗くても、道が悪くても、穏やかな処で暮らしたかった。なのに何故?
よそにも候補地があるとかで本決まりではないけれど、出来るならよその土地へっていう考えは、沖縄の基地問題と似てますね。それではいけません。

人体に悪影響があるかも知れないものを、人家の近くに建てることに、断固反対していきます。
徹底的に戦う覚悟です。
けれど、あんまりストレスがかかって、また倒れても困ります。やっと良くなってきたのですから。
これをお読みくださっているみなさんに応援していただけると心強いです。よろしくお願い致します。
[PR]
by umiusagin | 2010-03-06 12:30 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(5)

がん検査結果

f0131628_20295885.jpg郵送が届いて、子宮頸がん、子宮体がん、共に問題なしということでした。ほっ。

すご〜く前のことのように思いますが、2月2日。なんでも月日が飛ぶように過ぎていくのに、これについては時間が経った気がするというのは、如何に忘れたいかということですかね。

少し前ですが、肺がんの結果も来ていました。こちらも問題なし。
ご心配おかけしました。

なのですが、アメフラ氏が肺がん検査に引っ掛かってしまい、精密検査だそうです。
私も中学生の頃、肺のレントゲンで引っ掛かり、2回も精密検査を受けましたが、古い病巣とかで問題ありませんでした。アメフラ氏もそんな感じで、なんでもないといいです。どきどき。
[PR]
by umiusagin | 2010-02-18 20:24 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(0)

ビクビクの乳がん&子宮がん検診

f0131628_2156579.jpg乳がん検診は、3月までの無料クーポンなんてのが来ていて、マンモグラフィー初体験。やっぱやらないとだめかなあ、痛いのやだなあと迷っていて、受けたことがある人たちに聞いたら「小さくても大きくても痛いよ〜」というからビクビクしてました。でも腹をくくって、乳がん、ついでに子宮がんも追加して予約しました。

まず外科へ乳がん検診。
確かに痛かったけれど、想像していたほどじゃなくて、これなら胃カメラの方がずーーっとツライ!!(←こればっかり)そうはいっても、また受けるのはイヤだなあ。
触診もして、結果は問題なし。ほっ。

次に婦人科へ行き、「以前受けたのは何年前?」と聞かれ、「えーっと35歳(無料の年だった)の時だから16年前ですね」。男性医師は明らかに古い〜っ!という顔。私も、すごくイヤなことだったから、つい最近のような気がしていましたが、もうそんな前なんだ、とびっくり。
子宮頸がん、ついでに子宮体がんの検査も追加して(イヤなことは一度で済ませたい)、あ〜、もうやだやだの、あの椅子に座りました。
結果は2週間後に郵送、とのこと。問題ないといいけど。
両方行って、所要時間3時間15分。は〜、一日仕事です。疲れました。

帰りにヒフ科にも行き、今年の冬「老人性乾燥肌」(まだ老人じゃないのにぃ〜)に泣かされ続け、飲み薬&付け薬ともらいました。
これで、病院強化月間は終了。終わってよかった。あとは結果待ちだけというわけで。
[PR]
by umiusagin | 2010-02-02 22:19 | 病気のこと(小脳出血) | Comments(0)